世紀のデザイナー、その知られざる素顔。『ココ・シャネル 時代と闘った女』【今月のプロ押し映画!】

]

ココ・シャネルが世を去って50年、そして世界で最も売れたアイコニックな香水「N⁰5」の誕生から100年が経つ2021年。世紀のデザイナーの謎に迫るドキュメンタリーが公開される。「最もエレガントで、最も謎めいている、そして誰よりも未来を見ていた」ココ・シャネルとは、何者だったのか。

ココ・シャネルはナチスのスパイだった!? 偉大な功績の裏の「知られざる黒歴史」(此花 わか)

]

ココ・シャネルは女性服に数々の革命を起こした。コルセットを取り去り、スカートの丈を短くして、ジャージ素材を使った着心地のよい服や、女性が思い切り泳げる水着、空襲中に女性が着の身着のままで外へ出られるパジャマルック、普通の女性でもドレスアップできるリトルブラックドレスを発明。

ハンドバッグに初めてチェーンをつけて女性の両手を解放したし、イミテーションの宝石を使ったコスチュームジュエリーを流行させて、一般の女性がアクセサリーでオシャレをできるようにもした。他にも、合成アルデヒドを配合した「N°5」は香水の大量生産を可能にしたし、史上初の女性版ビジネススーツ「シャネルスーツ」は第二次世界大戦後の女性の社会進出を後押しした。

ファッションで女性の生き方を変え、上流階級のものだったモードを民主化したココ・シャネル。ただ、彼女はもともとそうした思想をもっていたわけではない。貧しい生まれの彼女にとって、ファッションは経済的な自立と自由を手に入れるための手段でしかなかった。

その上昇志向が数々の功績につながり、と同時に、彼女の「黒歴史」をも生み出した。それが明かされているのが、7月23日に公開されるドキュメンタリー『ココ・シャネル 時代と闘った女』だ。

-AD-

ファッション専攻の大学生時代からココ・シャネルの伝記を読み、シャネル社のマーケティング部で働いたことのある筆者も、明かされた事実の数々に驚いた。本作のジャン・ロリターノ監督への取材をもとに、シャネルの驚きの黒歴史を紹介したい。

「一切忖度なし」のドキュメンタリー

まず、元社員として筆者がロリターノ監督に確認したかったのは、この映画にはシャネル社から協力を得たかどうかということだ。なぜなら、シャネル社はブランドイメージを非常に大切にしており、例えば、オドレイ・トトゥ主演の『ココ・アヴァン・シャネル』(2009)にも衣装協力をしなかったぐらいだ。

社則のひとつに「マドモワゼルの世界観を守る」というのがあり(正確な表現は忘れたが、そんな意味の言葉があった)、パリ本社の社員はココ・シャネルのことを「マドモワゼル」と未だに呼ぶ。高級ブランドにとってブランドイメージは生命線だ。だから元社員として、シャネルの黒歴史とも呼べる内容にシャネル社が絡んでいたのか、どうしても監督に聞きたかった。

「私はファッションがテーマの番組をテレビで制作してきたので、メゾンの協力や許可をとりつけることの難しさを知っています。今回プロデューサーと決めたことは、一切メゾンに協力や許可をとることはしない、ということでした。そもそも、ドキュメンタリーだから必要ないと思ったんです。ただ、弁護士と相談して法律に基づき制作をしました」(ロリターノ監督、以下同)

シャネル社が絡んでいたら、このような映画は絶対に制作できなかっただろう。

『ココ・シャネル 時代と闘った女』が暴く実像と生涯 100年後も廃れない装いと精神に触れる|Real Sound|リアルサウンド 映画部

]

リアルサウンド映画部の編集スタッフが週替りでお届けする「週末映画館でこれ観よう!」。毎週末にオススメ映画・特集上映をご紹介。今週は、ベッドではシャネルN°5だけを纏って寝る女でいたいアナイスが『ココ・シャネル 時代と闘った女』をプッシュします。

『ココ・シャネル 時代と闘った女』

過去に5作品もの映画で扱われてきた人物、ココ・シャネル。本作が6作目ということで、恐らくこれほど多くの作品で語られてきたファッションデザイナーは、他にいないのではないだろうか。それは彼女がファッションデザイナー、の一言ではあまりにも語り足りない存在だからかもしれない。

ただ、これだけ映画が作られていても、ほとんどが“伝記映画”つまりフィクションや脚色を含んでいるもので、大体が彼女の幼少期からデザイナーになるまでの前半生を恋愛ドラマ多めで描かれたもの。その中で唯一、ドキュメンタリー映画として彼女を捉えたのは1986年の『シャネル シャネル』。生きていた頃のインタビューの様子をはじめとした本人映像なども交えながら、カール・ラガーフェルドが解説していくものとなっている。

そのため、没後50年N°5誕生100周年を記念して公開された、この『ココ・シャネル 時代と闘った女』は1986年以来の、正式な彼女のドキュメンタリー作品なのだ。本編は、実際の映像や当時のフッテージが合わさりながら、『9人の翻訳家 囚われたベストセラー』のランベール・ウィルソンのナレーションとともに展開されていく。シャネルについて語るジャン・コクトーやフランソワーズ・サガンといった証言者たちの貴重な映像も見ることができて凄い。1時間以内に収まる尺の中で、まるで一人の女性の人生に起きた出来事とは思えないほど、情報量の多い波乱に満ちた人生、そして彼女の功績が紹介される。

シャネルについて考える時、思い浮かぶのは“解放”だ。それはただ、フェミスト宣言をして過激な集会を開いて主張をするようなものではない。自身で男性的な服を身に纏う静かなプロテストに始まり、その機能性や実用性を女性のファッションに転換させることにある。コルセットをつけることがマナーだった彼女たちから、物理的なその縛り、そしてコルセットによって生まれるシルエット、そういった“女性らしさ”から解放したのだ。固定観念を、革新させたのである。それに、日焼けも昔は労働者階級の証として蔑まれるものだった(白くて明るい肌は上流階級の証とされた)のを、彼女自身が逆にバカンスを楽しむ余裕、ゆとりのある生活のシンボルに変換させた。これもまた、自由を意味する解放である。

そのほかを考えても、今日の社会のあり方や考え方においてシャネルが礎を築いたものは少なくない。その革新が100年前くらいのことであるにも関わらず、彼女の生み出したファッションとともに廃れないのは、やはりその精神が真に迫る本質的なことだから。それらを、本作を通して2021年に改めて触れるのはとても良い機会だった。